こんにちは。耳鼻咽喉科かおる医院 (2代目)院長の新垣香太です。
このブログでは、私が日々の診療で考えていることや感じていること、慌ただしい診療の中でお伝えできていないこと、また診療とはあまり関係のない、日常を生きる中で感じたことや実践していること、時にはプライベートの話題も交えながら、あまり肩ひじ張らずに“ざっくばらん”な感じで、気まま/不定期に更新していきたいと思います。
ということで、まずは自己紹介から・・・。
1977年12月25日生、43歳。 妻/長男(高1)/長女(年長)の4人家族(2021年2月現在)。生い立ち:出生後しばらくは、父が在学していた関係で広島県でわんぱくに育ち(母曰く、幾度となく2階の階段から転げ落ちたり、玄関前に野菜を投げ捨てて遊んだり・・・おかげでたくましく育ちました♪)、帰沖後は3歳~:杉の子保育園(糸満市糸満)、5歳~:チロリン幼児園(那覇市小禄)に通い、カンパチ(頭の傷跡)の多いうーまくー(やんちゃ坊主)に成長。小学校は父の赴任の関係で3回転校、計4か所に通学し[宇栄原小(那覇市)⇒石垣小(石垣島)⇒医生ケ丘小(北九州)⇒西崎小(糸満)]たくましさが倍増。その後、西崎中学校(糸満)、開邦高校(沖縄)、琉球大学を卒業し、同年無事に医師免許を取得(H14年/24歳)。学生時代は12年もバドミントンに明け暮れ、未だに体育会系気質が見え隠れします(このご時世、必死に隠してます・・・)。
大学卒業後は、全身を診る救急医療に憧れ、福岡県の民間病院(健和会大手町病院/北九州、福岡医療団千鳥橋病院/博多)で3年間の初期研修を終了。その後は父が専門とする耳鼻科に自然な流れ(?)で興味をもち、琉球大学耳鼻咽喉科に入局(1.5年)。関連病院である豊見城中央病院(現 友愛医療センター/1.5年)へ赴任後、ひょんなことから京都大学へ国内留学(2年)し、頭頚部再建手術に習熟。琉大へ戻ると頭頚部再建を中心に形成外科診療班を担当し(5年)、その後浦添総合病院(1年)へ耳鼻科医として赴任後、父の診療所を承継すべくH28年4月当院に着任しました。
当院のような小さなクリニックで、地域の方々を中心に診療を続けて早5年が経ちますが、つくづく思うことは私自身が“ヒト好き”だということです。いわゆる『医師』にも色々なかたちがあり、大学や研究施設で昼夜を問わず研究や教育に励む医師、総合病院で手術や専門的治療に従事する医師、地域のクリニックで日々診療を行う医師、その他行政医や産業医など様々ですが、私自身は小さな町医者として日々多くの患者さんと向き合う現在の働き方が、とても合っていると感じています。
この1年はコロナ禍で人同士のコミュニケーションが大きく制限され、とても窮屈な生活が続いています。医療は本来“温もりのある”もので、提供する側と受ける側の“信頼関係”がとても大切です。他人同士が深い信頼関係を築くうえでコミュニケーションは不可欠な要素であり、医療に携わる一人として最も大事にしています。
耳鼻科は他の診療科と比べて患者さんの数が多く、一人あたりの診療時間にどうしても制限が生じます。そのなかでも真摯に患者さんと向き合い、医療の本質である“温もり”を感じていただけるクリニックを目指して、スタッフと共に日々取り組んでいます。
初回から長々とお付き合いいただきありがとうございます。今後も“気ままに、ざっくばらん”に更新していきたいと思いますので、もしよかったら『ブログ見ました♪』 と、診療の際に伝えていただけると嬉しいです♪